私の裏切り

アルバイト,大学2年

私の裏切り

大学2年生の時に始めたワゴンDJのアルバイトをしてからちょうど1年が経過し、大学3年生になろうとしていたその頃、求人雑誌で他社のワゴンDJの仕事募集を見つけた。特に現在のアルバイト先に不満があったわけではなかったが、新しい世界を見たい一心で、半ば冷やかしのつもりで競合他社に応募してみた。面接を受けたところ、担当者が偶然、私が勤める会社で以前働いていた人だった。彼は何かトラブルがあったのか、私の勤める会社に良い印象を持っていないようで、批判の言葉を漏らした。

そこで私は大きな過ちを犯してしまった。本当はその会社に行くつもりはなかったのだが、担当者に促されるままに、同僚の石川さんの電話番号を教えてしまった。その結果、石川さんにはすぐに勧誘の電話がかかってきたらしく、この一件が会社で問題となった。私が呼び出された際、これは明らかに私の落ち度だったと反省した。知り合いであろうと、了解を得ずに他人の電話番号を教えるべきではなかった。
私は厳しい説教を受け、それは本当に苦い経験となった。

私の気まぐれな裏切りが転籍のきっかけに

その一件の後、私は居心地の悪さを感じ、その会社を去ることになった。大学3年生になって、文京区にあるS社への転籍を決めた。この会社も前の職場と同様に大手化粧品メーカーとの取引があり、私は前の経験を活かしてすぐに即戦力となり、働き始めた。そこでは卒業までの2年間を過ごした。

S社の仲間たち

S社では、同じ大学の学生が多くいた。研修で一緒になった記憶に残る人物には、売上ナンバーワンで、常に面白い話で盛り上げてくれるミュージシャンの矢野さんがいた。彼は飲み会やカラオケでも歌が上手く、みんなを楽しませた。また、マラソンが趣味の東京大学出身のゲンさんも、少し変わっているが面白い人物だった。女性陣では、香川さんがいて、彼女は私より1歳年上の美女で、周りの販売員から慕われる「お母さん」のような存在だった。タクエさんは偶然にも同じ大学、同じ学年で、少し厳しい印象の女性だったが、仕事では一緒になることも多く、話はあまり弾まなかった。中島くんは私のクラスで同じゼミにいた。神谷さんは大学1年生で、一度中退した後に再入学した異色の経歴を持つ、私と同じ年齢だった。文学君は芸人志望で、いつも面白い話をしてくれた。百田君は明治大学3年で、イケメンの彼は美容部員の間で人気があった。