人生の正念場だった3回の面談。全部失敗した。でも、今では「あれでよかった」と思っている。

社会人になって

面談

人生には、「ここで人生が決まる」と思う瞬間があります。

私にも、そんな場面が3回ありました。

大学受験の面接。就職試験の面接。そして、起業するための創業融資の面談。

どれも人生の分岐点でした。

そして見事なまでに、全部失敗しています。

原因は、勉強不足でも能力不足でもありません。

極度のあがり症。

人前で話すことが苦手で、頭が真っ白になってしまう。

当時は本気で「なんで自分だけこんな性格なんだ」と悩みました。

でも50歳を過ぎた今、振り返って思うのです。

あの3回の失敗がなかったら、今の幸せはありませんでした。

第一の正念場 大学受験の面接

高校3年生。

第一志望の大学には珍しく面接試験がありました。

筆記試験はそこそこ手応えがありました。

だからこそ、問題は面接だけ。

先生とも何度も練習しました。

「志望理由は?」「将来の夢は?」「高校生活で頑張ったことは?」

何十回も繰り返し、「これなら大丈夫」と思っていました。

しかし、面接室のドアの前に立った瞬間、すべてが変わりました。

手のひらは汗で濡れ、心臓の音が耳に響く。

「どうぞ。」

その一言で、頭の中が真っ白になりました。

志望理由も自己PRも、すべて消えてしまったのです。

言葉が出てこない。沈黙が続く。

焦れば焦るほど、何も言えなくなる。

なんとか話しても、自分でも何を言っているのか分からない。

結果は、不合格。

第一志望には届きませんでした。

第二志望で出会った、一生の友人

仕方なく第二志望の大学へ進学しました。

当時は「人生終わった」と思っていました。

しかし、大学生活が始まると、その考えは変わります。

入学して間もなく、ある友人と出会いました。

趣味も合い、笑うツボも同じ。

気付けば毎日のように一緒にいました。

卒業してから何十年経った今でも、普通に会います。

困ったときには相談し、笑い合える存在です。

もし第一志望に合格していたら、その友人とは出会っていません。

あの失敗は、人生最大のプレゼントでした。

第二の正念場 就職試験

面談の様子

大学4年生。

第一志望は大手メーカーでした。

説明会に参加し、会社案内を何度も読み、「ここで働きたい」と思っていました。

筆記試験は通過。

残るは面接だけ。

しかし、また同じことが起きました。

待合室で緊張が高まり、名前を呼ばれた瞬間、心臓が跳ねる。

面接が始まると、頭が真っ白になりました。

志望動機も言葉にならない。

何を話したのか覚えていません。

結果は不採用。

結局、中小企業へ就職しました。

あの会社だったから、妻と出会えた

もし第一志望に受かっていたら、違う人生を歩んでいたでしょう。

しかし現実は、中小企業へ就職。

そこで今の妻と出会いました。

最初は仕事の話だけでしたが、やがて食事へ行くようになり、結婚しました。

今では子どもにも恵まれています。

あの面接の失敗がなければ、この出会いはありませんでした。

第三の正念場 創業融資の面談

社会人になり、独立を目指しました。

飲食店のフランチャイズ事業に挑戦しようと準備を進めました。

物件探し、事業計画書、市場調査。

あとは融資だけでした。

しかし、最後に待っていたのは面談。

過去の失敗がよみがえり、不安が押し寄せます。

当日、質問に答えようとしても言葉が出てこない。

準備していた内容も頭から消えていく。

結果は、融資不承認。

起業は断念しました。

半年後、世界が変わった

それから半年後、新型コロナウイルスが流行しました。

飲食店は次々と閉店。

もしあのとき融資が通っていたら、大きな借金を抱えていたかもしれません。

あの失敗は、人生最大の回避だったのです。

人生は、その瞬間では答えが分からない

大学受験では親友と出会い、就職では妻と出会い、起業ではリスクを回避しました。

当時はすべて失敗だと思っていました。

しかし時間が経つと、それが意味を持ち始めます。

人生は、その瞬間では答えが分からないのです。

あがり症だった自分に、今ならこう言いたい

「大丈夫。その失敗で人生は終わらない。」

「その会社だけが人生じゃない。」

「半年後、その結果に感謝する日が来る。」

人生は思いどおりにならないことばかりです。

しかし、その遠回りの先にこそ、思いがけない幸せがあります。

だから今では、あの3回の失敗を後悔していません。

人生は、その日の結果だけでは決まりません。

遠回りの先に、想像もしなかった未来が待っていることもあるのです。